※この記事は、筆者が日々の暮らしの中で感じたことをゆるく綴ったものです。あくまで一個人の視点であり、内容は必ずしも事実や一般的傾向を反映するものではありません。
また、写真はすべて筆者の私物・私撮りによるものです。掲載商品や売り場に関して、お店は一切関与しておらず、本記事に関するお問い合わせをお店に行うこともご遠慮ください。
トライアル(豊能町民もよく利用する、お隣の箕面森町にあるスーパーマーケット)でやけにザーサイ推してるなーと思っていました。入り口でも売ってるし生鮮食品売り場でも売ってるし、精肉コーナーあたりでも売ってたかな、とにかく一旦トライアルに入ったら中の行く先々でザーサイ売ってるやんwって感じになってて、そこまで言うなら買ってみようやないけ、という感じで買ってみたのがそもそもの始まり。


食べてみるとうまい。いわゆる、美味しい。すなわち、ザーサイはうまいので我々はザーサイを買うべきだという当たり前の事実を深く理解させてくれる。なぜなら、ご飯と併せて食べるととても美味しいからである。
ザーサイって何?
そこでふと、我々は考える。ザーサイとは何かという哲学的な問いにぶち当たるため、我々はザーサイについて定義するという行為と向き合わざるを得ない。形而下において、ザーサイとはこりこりしてうまいものである。一口食べると口の中に広がる町中華の味でありそれ以上のことを理解する能力を我々は持ち得ていない。しかしどうだろう、ふと手元のノートパソコンに視界を移す。経験と記憶によって培われた私という人格が呼びかける。「検索フォームにザーサイとは何かを入力して調べれば哲学的な問題を回避して物質上のザーサイについて知ることが出来るかもよ」と。その誘惑に溺れ浸るのは簡単だ。だが、町の魅力を伝えるためのローカルメディアでザーサイとは何かを調べて書くということは、果たして町に貢献できるのだろうか。否。ザーサイはザーサイであり、とてもおいしいものである。コリコリしていて中華味でおいしい。それ以上の情報が、ローカルメディアに必要であろうか。否。当然、否である。否であること然り。我是否有事然。
あらためてみると町中で売ってる
仕事帰りに行ける範囲で調べてみた結果をすぐ「町中」と盛る程度には筆者も大人な割り切りを知っていると威張れる。本当に町中というなら、だいやすさんまで調べてこそなのだが、そういうプロセスをすっ飛ばして話を盛る方向で記事を書いてしまうという大人然とした態度を、人はいつから身につけたのだろうか。これは何歳からが大人で何歳までが子供と言えるのかという哲学的な問題の解決に役に立ちそうだが、そろそろなんでもかんでも哲学と言おうとしている態度がバレそうなのでほどほどにしておくが、要はリサーチ不足を持って回った言い方でごまかそうとしている。その計画はほぼうまく進んでおり、よくみると町のある程度の至る所でザーサイが手に入る。確信を持って言おう。これは町で流行っていると言える、と。
(編集中:その理屈で言うと町中で食パンが売ってるから食パンは町で流行っているということになり、きりがない)


トッピングしてナンボのザーサイよ!
いきなりですがレポーターの食卓突撃生取材!!!

まずはスタンダードなご飯がけ。ふりかけいらずでご飯がもりもり食べられる!


大阪人の味、お好み焼きや焼きそばにかけても、心にまで届く!安心して!

なんでもない昼食、スーパーのサラダだけ買ってきてザーサイを乗せればそれだけで☆GO・CHI・SO・U!special day!

言葉はいらない。ザーサイがある。
※くどいようですが、この記事は、豊能町で暮らす筆者が「なんか最近ザーサイ多くない?」と思って書いた、ほぼ個人の気のせい日記です。感じ方も情報もぜんぶ主観たっぷりです。
写真も筆者が暮らしの中で撮ったものです。お店はまったく関係ないので、くれぐれも本記事に関してのお問い合わせなどなさいませんように…!