「自分たちが楽しいって思うことしかやってないよな?」
笑い声を上げながら顔を見合わす二人は、一般社団法人ホープビジョンで代表を務める近藤裕彦さんと、理事の谷川正晃さん。
農業と福祉、さらに観光を掛け合わせたこのプロジェクト。豊能町吉川地区で大豆栽培、収穫体験、納豆・味噌製造などを行い、障害者や高齢者が活躍する場をつくります。「ただ作物を作るだけではなく、収益となる事業を目指し、この地で関わる全ての人が幸せになる仕組みを作りたい」と語るお二人。これからどんな楽しいことが始まろうとしているのでしょうか。詳しくお話を伺いました。
「お金ちょうだい」当たり前の言葉で気づいた社会の違和感
2020年9月に設立したばかりの一般社団法人ホープビジョン。元々は代表の近藤さんがNPOホープビジョンとして13年前から箕面で活動してきました。世代間交流事業、障害児を対象とした放課後教室の運営など「福祉と地域活性」に力を注いでいます。
── 障害者福祉に力を注ぐきっかけとなったことは?
近藤さん(以下敬称略):40代で今までの仕事を引退し、「農家の人の役に立ちたい」という思いから、仕事で縁のあった能勢で野菜を売るお店を始めたんです。そのとき、たまたまお客さんでやってきたのは障害のある子どもでした。それが障害者と私の初めての出会いです。
── なるほど。その子との出会いから障害者福祉に携わるようになったのですね。今回のプロジェクトでは雇用を生み出すんですよね?
近藤:そうですね。その子とは今でも関係が続いているんですが、18歳になった彼女が以前お手伝いをしてくれたときに「お金ちょうだい」と言ったんです。その言葉を聞いたとき、働いたらお金が貰える仕組みを理解していることに驚きました。それから他の保護者の方ともお話していく中で、彼らの賃金が健常者では考えられないほど安いことを知ったんです。「障害者年金もあるし、これくらいでも仕方ない」という声もあるんですが、働いた対価として平等に報酬を得る。その喜びは障害の有無は関係なく誰でもみんな公平であるべきだと考えるようになりました。
五感を活かした農業で障害者に雇用を生み出す
その言葉をきっかけに、障害者が楽しく活動、労働できる場を探し求めていたと言う近藤さん。谷川さんとのご縁から、農作業ができる自然豊かで広大な場所に出会います。
── 障害者雇用を考えたときに、なぜ農業だったんですか?
近藤:彼らにまず、「働くことは楽しい」と感じて欲しかったんです。農業は栽培、収穫など、自然の中で体を動かすことが多い業種です。つまり嗅覚、視覚、触感など、いろんな感覚が刺激されやすい環境に身を置いて仕事をする。五感の鋭い彼らにとっては、とても楽しさを感じやすいし、きっと向いている仕事だと思います。
── このプロジェクトでは大豆栽培をされますが、あえて大豆にした理由はありますか?
近藤:他の野菜では、収穫すると鮮度がどんどん落ちていくのに対し、大豆は寝かせておくことができます。また大豆栽培は栽培、収穫以外に、味噌や納豆などへ加工、販売といった作業工程が多いことも特徴です。時間があるときに作業でき役割もたくさんあるので、彼らに仕事を創り出すにはぴったりだと考えています。
障害者と高齢者。両者が全世代を繋ぐ架け橋になっていく
── このプロジェクトでは、障害者だけではなく高齢者も雇用されますよね。どうして対象を広げたのですか?
近藤:豊能町には元気なシニア(=「アクティブシニア」)の方が多く、彼らの活躍の場になれたらと考えました。また、障害者と高齢者は、一見交わらない関係に思われがちですが、障害者と高齢者を繋ぐことで、その間にいる全世代の人たちの架け橋になると思っているんです。老いは必ずやってきます。もしかしたらある日突然病気になって、障害を負うかもしれない。そんなことに気付いていく中で、全世代の人、障害者も健常者も分け隔てない社会を作っていけたらと思っています。
── なるほど。両者が一緒に何かをしていくことで、全世代に声を届けられる可能性が広がっていくんですね。豊能町には「アクティブシニア」の方が多い印象がありますが、実際コミュニティを求める声は多いのでしょうか?
谷川さん(以下敬称略):もうそれはめちゃくちゃ聞きますね。仕事をガッツリしたいというよりも、「週に1時間でもいいから仕事をしたい」という人が多いです。
── 改めて再就職するというより、スポット的な活躍の場を求める方が多いんですね。農作業が全くできない人でも大丈夫ですか?
谷川:僕自身農作業全くできないんですよ!農作業を一緒にして欲しいというよりは、一緒にこのプロジェクトを盛り上げてくれる人なら大歓迎です。ちょっと様子を見にきて話をする、草一本だけ抜いていく、この地で育った大豆で作られた納豆を食べて応援する。その人にできることをできる形で関わってくれたら嬉しいです。
自然だけじゃもったいない!観光が豊能の未来を左右する
障害者も高齢者も健常者も労働の対価として報酬を得る。コミュニティに属することの喜びを感じ、社会の一員として役割を果たしていく。そんな世の中にしていきたいと語るお二人。このプロジェクトのもう一つの柱である観光事業は、どう展開をしていくのでしょうか。
── 農業×福祉だけにとどまらず、観光事業に踏み込んだ理由を教えてください。
谷川:妙見口駅で下車する人は多いものの、実際、豊能町でお金を落としている人ってほとんどいないんですよ。妙見山、野間の大ケヤキ、黒川ダリヤ園。どれも豊能町じゃないんですよね。大阪みどりの百選に選ばれた初谷川がありますが、何か買ったり食べたりする場所が全然ない。お店がないということは、つまり雇用を生むことができていないんです。
── 観光事業で雇用を生み出す仕組みを作りたいということですね。
谷川:観光事業がうまくいくと人が人を呼んで、もっとたくさんの人に豊能町を知ってもらうことができると思うんです。でも、いろいろ構想はあるのですが、市街化調整区域ということもあり苦戦していて……行政の方と連携しながら少しずつ形にしていけたらと思っています。
あなたの「ふるさと」を一緒に創っていきたい
── 最後にこのプロジェクトで叶えたい豊能町の未来を教えてください。
谷川:高齢化の進む豊能町、特に当事業所のある吉川地区においては、後継者が少なく次世代の住民が激減するのが目に見えています。その一方で町外から来るハイキング客からは、この場所に魅力を感じ、ここに住みたいと言う声を年間数十件以上聞きます。誰もが自分の「ふるさと」のように気軽に来ることができ、いつまでも憧れの存在となる。「高齢者の町」から「住んでみたい町」へとなって欲しいと願っています。
── お二人の「ふるさと」はどこですか?
谷川:僕は生まれも育ちも豊能町、この吉川地区です。「ふるさと」と言えば、ここしか考えられないですね。この場所で生まれ育った友人は何人も町外へ出てしまったけれど、ここで一緒に山を登った記憶は大人になっても残っていると言います。風の匂いで、「今、秋の匂いがしたよな?」と一緒に笑いあう。この地で感じた豊かな経験が、人生の思い出になっていく。そんな思い出をみんなで一緒に積み上げていけたらと思っています。
近藤:僕は生まれた大阪市がふるさとになるんですが、時代の変化と共に町がどんどん整備され、立ち退きになったんです。仕事は能勢、住まいは箕面と、拠点がいくつもあるので、自分にとっての「ふるさと」と思える場所が実はないんです。僕のように「ふるさと」がなくなってしまったり、特定のふるさとがないって言う人は、今の時代では多いのではないでしょうか。でも、ここ豊能町は自然豊かな風景と温かい人たちに囲まれて、なんだか懐かしい思いにさせてくれるんですよね。何度もこの地に通っていく中で、僕にとって豊能町が「第二のふるさと」になりました。みなさんにもそう思ってもらえるような「あなたのふるさと」を一緒に創っていきたいです。
そう話す二人からは不思議と人を魅了するオーラがありました。きっとこれからたくさんの人が二人の魅力に引き込まれ、みんなが自然と溶け合う場が生まれていくのではないでしょうか。笑い声が響くこの吉川の地に、夢と希望が満ち溢れていました。
◆ このプロジェクトの連絡先
一般社団法人ホープビジョン
「農・福・観・高」みんなのふるさと創造プロジェクト@初谷 代表 近藤 裕彦さん
Mail:hatten_kon@yahoo.co.jp
◆ SUPPORT – 応援おねがいします
- 大豆栽培オーナー制度参加
- 納豆・味噌の仕入れ
取材日:2021/02/21
文:相澤 由依
写真提供:一般社団法人ホープビジョン