追記:この投稿記事には、当時と変わっているところがあり、2022年10月に追記いたしました。ご注意ください☆
私はあまり歴史には詳しくないのですが、古代文明とか、古墳とか、お城とか…ところどころグッと興味を惹かれる部分があります。以前、豊能町のお隣、川西市の山下には山城があった、と聞いたことがありました。川西の郷土館でいただいた『歴史年表』のパンフレットにも載っていました。


↑資料は、川西教育委員会 社会教育・文化財課 発行のパンフレット【かわにし歴史年表 ~かわにしの今昔~】からいただきました。
山下城へ、行ってみたい!
そこで、今回はそのお城跡へ行ってみることにしました。
実際はウォーキングを兼ねて、豊能町の新光風台から山道を歩いて行ったのですが、もし、お城跡を見学されるのなら、川西市郷土館の近くから山へ上って行かれる方が便利です。まず、そちら側からのルートをご案内します。

【2022年10月に追記★注意!】↡この登り口ですが、先日、久しぶりに訪れてみたところ、少し上のところにロープがはられていて、現在は通行止めになっているようです💦ご注意ください(^^;↓

奥に見えているのは、日生中央への道路と、上は能勢へ抜けるトンネルに続く道路です。写真右手のほこらのところから、上って行きます。










ここは、城山の中腹にある、愛宕神社の境内です。






ここが、山下城跡のようです。



今では、昔お城があったとは全くわからない、ただの山の中の平たい土地なのですが、こうしてたくさんの桜が植えられ、石碑が立てられているのを見ていると、昔をしのび、遺跡を保存して大切にしていこうという、人々の心を感じることができました。この山の上に城を築き、能勢氏と闘った塩川氏。その時代の歴史について、もっと詳しく知りたくなってきました☆
ところどころに置かれてある三脚付きカメラのような機械は、鹿・猪よけの装置だそうです。

《余談です》豊能町新光風台からの道
では…ここからは、実際に私が歩いた、豊能町新光風台から、山下城跡への道を、写真でご案内します。よろしければお付き合いください☆

③の道が、今回の道です。

(この写真は、以前、新光風台を一周レポートした時のものです)





…ふとみると、分かれ目の木の下に・・・!

右手の『光風台』から来たのですから、向きは正しいようです。
上のUターン矢印の先は、読みにくいですが『山下』と書かれているようです。
あたりを見回すと、道脇の木にも、目印がありました。


『寺』というのは、笹部にある大昌寺のことだと思われます。以前訪れた時、大昌寺の裏山からずっと続いていく、お地蔵様の道がありました。たぶんそこへ続いているのでしょう。この道しるべ、助かりました!




このあたりで、初めて、逆に上ってくる男性に出会いました☆
山下城跡はこっちでしょうか?と問うと、ああ、もうちょっと下ですよ、と教えて下さいました。彼は光風台方面へ行こうとしていたらしく、私がそちらから来たと告げると、ほっと安心した様子でした。「(不要不急の外出は自粛という)大変なことになりましたねぇ~。仕方がないのでこんな山歩きしてます(笑)」とさわやかな笑顔を残して、去って行かれました。
男性の言う通り、ここからもう少し下っていくと、山下城跡へと行くことができたのでした。

最後までご覧くださって、ありがとうございました(#^.^#)
新型コロナウィルスの感染予防対策は、きっとまだしばらく続きます。長期戦が予想されます。これ以上感染が拡大されないよう一人一人が注意しながらも、健康に気を付けて、ストレスを上手に逃がしながら、頑張っていきましょう!