豊能町のおとなり、箕面市箕面森町は子育て世帯に人気の新興住宅地。広い公園には子どもの笑顔があふれています。そんな箕面森町に住む作業療法士の北脇宙さんが取り組まれている”インクルーシブでやさしいまちづくり”についてお話しをうかがいました。
育児が自分ごとになって気づいた、作業療法士の可能性。
––作業療法士とはどういったお仕事ですか。
作業療法士は、国家資格をもったリハビリテーションの専門職です。身体、精神、発達、高齢期の障がいや環境の不適応により、日常生活にかかわるさまざまな「作業」を行うことがむずかしくなっている人を対象に、「そのひとらしさ」の獲得を目標に、治療、指導、援助を行っています。
現在は、6ヶ月の育児休業中で、2歳と0歳の子ども達と妻と、家族の時間を大切に過ごしながら”インクルーシブでやさしいまちづくり”についての取り組みを少しずつ進めています。
––2歳と0歳のお子さんがいらっしゃるのですね! お子さんと24時間一緒に過ごされてみて、いかがですか。
子ども達はとにかく可愛いです! 本当に本当に可愛いけれど、赤ちゃんの夜泣きは、やっぱり体力的にしんどいと感じることもありましたね。特に2人目は夜になかなか寝てくれないタイプで、徹夜に近い状態のこともありました。出産という大仕事を終えた妻に少しでも心と身体を休めてもらえるよう、一緒に乗り越えています。
2歳の息子とは、思いっきり遊んで、好奇心でいっぱいの心を満たそうと思っています。最近は、自我が芽生えイヤイヤ期に突入しました。脳や身体の成長過程やさまざまな理由があるのでしょうが、困ってしまう場面もありましたね。食事ひとつでも、きのうまで食べていたものを、急に食べなくなってしまうなんてことも。僕たちは夫婦で工夫していますが、どうすればいいか途方に暮れている人がいるんじゃないかな、と考えるようにもなりました。
これまで、作業療法士としては、障がいや病気やけがなどで、作業に困難がある方や、それが予測される方と関わることが主でした。ですが、育児休業を通して、「障がいなどの有無に関わらず、色々な悩みを抱える家庭があるのではないか」と、気づくことができました。
そういった経緯から、「住む町に親子が利用できる居場所があれば」と考えるようになったんです。箕面市にも子育て支援センターはありますが、実はいずれもトンネル(箕面グリーンロード)の向こう側。通行料や移動時間を考えると、気軽に利用することは簡単ではなくて。
親はおしゃべりを楽しんでもいいし、自由に何も考えずにリラックスしてもいい。子どもは親の目を気にせずに、思いっきり自由に遊べる。誰もが必要以上に気を使うことなく、自由に、のびのびと過ごせる。そんな場所を身近につくることができたら、と思っています。
––子どもがたくさんいるイメージの箕面森町に、子育て支援センターがないのは意外ですね。行きたいときに気軽に通える、あたたかい居場所があるだけで、ほっとできるお父さん、お母さんはすごく多そう!
トヨノノ応援会をきっかけに、思いが現実に近づきはじめる。
––そういえば、北脇さんは箕面市にお住まいでしたよね? どうして、今回トヨノノ応援会に手を挙げられたのですか。
SNSを通して、「なんだか最近、豊能町が盛り上がっているな」と感じていたんです。そこで、タイミングよく開催されたトヨノノ応援会オープンデーに参加したところ、たくさんの方とのご縁に恵まれました。
夢を語ったり、悩みを相談したり、話すこと聞くことで満たされたり、共感したり。オープンデーの居心地がとてもよくて、「きっかけや居場所があるだけで、笑顔になる」。そんな支援のあり方もいいなと感じました。
また、豊能町のみなさんの想いにふれて、「豊能町と箕面市という町の境界をこえて、一緒に豊かな町になれる仕組みができたら」と考えはじめました。そんなタイミングで、豊能町出身の染色作家で、絞り染めブランド「はなもとめ」を手がけておられる、オオニシカナコさんをご紹介いただいて、今に至っています。
まだ気づいてない「なにか」をサグる。
––作業療法士の北脇さんと染色作家のオオニシさん。接点のなさそうなおふたりですが、どのような活動を考えておられるのですか。
作業療法では、心身の痛みや疲れは、「薬や治療だけではなく、ひとの手やコミュニケーションによって改善される部分がある」と言われています。何かをつくったり、ただリラックスしたり、何気ないおしゃべりから共感してもらったり。そういった居場所があることで、ストレスを開放してもらえたらと考えています。
一方、染色も手を使って行う作業です。そして、オオニシさんは個人の活動だけでなく、まちのみなさんと一緒に、豊能の素材で染めた「とよのぼり」の制作も手がけてこられました。
「手や、ひととの触れ合い」「コミュニケーション」を通してわくわくしたり、癒されたり。これが、お互いにリンクしていることに気が付いたんです。
そうして、「感覚」から生まれる、まだ気づいてない「なにか」をワークショップを通して、みなさんといっしょに探る『サグる』というプロジェクトを立ち上げました。
実は、この冬にプレイベントを企画していたんです。親も子も一緒になって「一枚の布に大きな絵を描く」ワークショップです。お子さんだけを対象にせず、おとなも一緒に、筆を使わず手で絵の具にふれて描く「感覚」を楽しんでいただこうと考えていました。手で直接描くって、すごく不思議で面白い手触りや、感覚があるんですよ! おじいちゃんおばあちゃんから、子どもたちまで、みんなで身体も心も動かして楽しめます。延期になってしまったけれど、日を改めて開催できればと思います。
春には、豊能町の伝統野菜「高山真菜」を使った染色のワークショップも企画しています。ぜひ、「香り」や「色」、そして「味」といった感覚を楽しんでもらえたらと、今からわくわくしています。
百人百様の「そのひとらしさ」をサグりたい。
––「サグる」の活動と、作業療法士のお仕事には、異なる点はありますか。
これまで、作業療法士としては、障がいや病気のある方、ご高齢の方の生きがい支援に尽力してきました。でも、健康なひとであっても、ときには身体のだるさや痛みを感じることがあります。産後のお母さんだけでなく、保育士さんや、看護師さんなどケアラーズを含め、育児に疲れを感じるひともいます。偏平足や腰痛、姿勢不良の子どもさんもいます。
インクルーシブという言葉をよく見聞きするようになり、「少数派へも配慮しよう」とする時代の流れになってきました。そこから、もう一歩すすんで、少数派だけを意識するのではなく、障がいや病気の有無も、年齢・性別・居住地も関係なく、みんなが自分のいいところをいかして生きるようになってもらえたら、と考えています。
百人いれば、百通りのいいところや、「そのひとらしさ」があると思います。そのひとがまだ「そのひとらしさ」を見つけられていないのなら、その「なにか」を探すお手伝いを『サグる』のプロジェクトを通して模索していきたいですね。
ぼくより少し笑っていてほしい。
––対象にこだわらず、一人ひとりが生きがいを感じられると、まちや社会全体が明るくなりそうですね。最後に、北脇さんご自身の「生きがい」を教えてください。
僕自身のために何かをするよりも、僕より少しだけでもいいから、子どもと妻が笑ってくれることが一番嬉しいですね。
それから、家族だけでなく、僕にかかわってくれるみんなが幸せになって、少しでも笑える時間、心が落ち着く時間ができることが僕の生きがいです。
この記事が公開される頃、北脇さんの育児休業の締めくくりとともに、新たなステージへと踏み出していく”インクルーシブでやさしいまちづくり”。地域のみんなも、家族も自分自身も、年齢や障がいや病気も関係なく、そのひとらしくあるがままに。そんな『サグる』のワークショップを通して、筆者自身も「私らしさ」や「生きがい」をサグっていきたいと思いました。
北脇 宙(きたわき・ひろし)
神戸生まれ、神戸育ち。
豊能町の隣まち、箕面市箕面森町在住の作業療法士。大阪府吹田市の訪問看護事業所に勤め、小児からご高齢の方の心身のリハビリや生活支援を行うほか、フリーランスとして世代を問わずに整体やトレーニング指導、子育て相談などを行っている。
0歳、2歳の子どもと、愛犬のボストンテリアの父。
◆このプロジェクトの連絡先
北脇宙さん
mail:cyuucyan1988@gmail.com
サグる
mail:saguuru@gmail.com
取材日・2021/01/20
文・東好美
写真提供・北脇宙 オオニシカナコ
取材協力・手作りパン屋さん Tartine (たるてぃーぬ)
参考・一般社団法人 日本作業療法士協会