5年前、縁もゆかりもない豊能町に引っ越して間もなく、息子が自宅近くの幼稚園に入園した。知人も友人もいない土地での育児に戸惑う中、幼稚園でひと際目を引くお母さんがいた。スラッとした手足と美しい立ち振る舞いのその人に、オーラのようなものを感じた。それが佐竹敦子さんとの出会いだった。
子どもが巣立ったら何が残る?夫の言葉で我に返った。
育児には孤独がつきものだ。我が子は愛おしいけれど、大人との会話に飢える日々。社会から取り残される感覚があっても、子育てに命がけであることを誇りに思うことで心を奮い立たせる。そして、自分のことはなりふり構わず後回し。佐竹さんも、そんなごくありふれたお母さんのひとりだったと言う。
ある日、育児に全力を注ぐ佐竹さんに対し、ご主人が問いかけた。「子ども達が巣立った時に、あっこちゃんには何が残るの?」。その言葉を皮切りに、佐竹さんは自分自身を取り戻していく。実はずっと学びたいと願っていた心理学や栄養学への知識を深め、幼少期から人生を共に過ごしたバレエと組み合わせ、「美腸力アップバレエ」を考案するまでになった。
喜びにあふれる生き方を求めて。
豊能町が住民の実現したい夢を応援する事業「トヨノノドリーム」では、その思いが高く評価された。また、子どもから大人まで、みんなで踊って楽しめる「みんなのバレエ体操」を発表するなど、意欲的に活動。順調に進むかと思いきや、プライベートでは、ある日を境にこれまで手のかからなかった長女が不登校となる。たび重なる衝突のなかで、「本当にやりたいことにチャレンジしよう」と行動しながら、「常識というレールから外れてはいけない」と長女をレールに戻そうとする、相反するふたつの価値観が自分の中に共存していることに気づいた。
「親の知る価値観に抑え込まず、親のほうが価値観をアップデートしなければ、喜びにあふれた生き方ができないのではないか」。そう考えた佐竹さんは、自分も娘も、それぞれが本当にやりたいことを大切にするように。お互いに心が満たされ、次第に親子関係も穏やかさを取り戻した。
「こうした悩みは、私達親子に限ったことではきっとないだろう。子育てと自分の生き方に悩むお母さんの応援がしたい」という思いから、2019年3月、オカンバレエ団を立ち上げた。設立時の目標はパリ公演。バレエを始めて2年経った11歳のあの日にテレビで観た、パリのオペラ座で舞う同年代の少女の姿が忘れられなかったからだ。ありったけの思いを込めて、佐竹さんはバレエを披露し続けた。
思いに共鳴し、お母さん達が輝きだす。
オカンバレエ団の活動で核となるのが、育児中のお母さんを主な対象にした子育て支援イベント「おかんの寺子屋」だ。エクササイズのワークショップやライブを提供し、リフレッシュとエネルギーチャージができる。来場した多くのお母さん達は束の間の息抜きを満喫し、笑顔で帰路に着く。中には大粒の涙をこぼすお母さんもいる。「私も踊りたい」「本当は私にも夢がある」ぽつりぽつりと思いを口にする姿は、育児がすべてだった、かつての佐竹さんの姿と重なる。こうしてひとり、ふたりと仲間が増えていった。
おかんが光れば、みな、光る!!
ヨガ・ピラティス・ベリーダンスに演奏など多彩な特技を持ったメンバーが集まった。「バレエ団」と名づけたが、「私自身の表現がたまたまバレエだっただけで、無理に全員にバレエをしてほしいとは思わない。それぞれの心からやりたいことを実現してもらえたら」と、にこやかに佐竹さんは言う。
佐竹さんの思いに共感した人の中には、1か月後には初ステージに立ち、やがてスタジオを立ち上げ仕事をするまでに至ったメンバーや、バレエ団メンバーとして加入はしないものの、思いに感化され行動を起こし、商品化に至ったケースまである。豊能町内でもファンが増えつつある「噛んで干し芋」だ。オカンバレエ団の何がそこまで行動の後押しをさせるのか。
従来の親子向け子育て支援イベントも、もちろん有意義な時間を過ごすことができるが、「おかんの寺子屋」では、ごく普通のお母さんが自らの夢にチャレンジする場面に居合わせているのだ。同じ立場のお母さんの様子に自身を重ね、「わたしにもできるかも」「お母さんでも好きなことをしてもいいんだ」と心の琴線にふれるのかもしれない。そして、湧き出た意欲やチャレンジを全力で応援してくれる。「やっぱりできない、こわい、私には無理だ。」そんな心の揺れ動きにもそっと寄り添う。お母さんになって再び歩み始めるのには勇気がいることを、佐竹さんは知っている。
小さな一歩を踏み出して、お母さんが好きなことに没頭し、充実していれば、子どもの能力の芽を摘むこともない。ひとりでは叶わない「誰か」の夢を「みんな」で叶え合いたい。「おかんが光れば、みな、光る!!」の思いを胸に、オカンバレエ団は幸福度の高い町へと豊能町を手引きしていく。
未来へ紡ぐための挑戦
子どもや家族にお金を使うことに抵抗はないけれど、自分にお金を使うことをためらってしまうお母さんはとても多い。そんなお母さん達が、「おかんの寺子屋」への参加を費用がネックであきらめてしまうことがないように、金銭的負担はなるべく減らしたい。同時に、メンバーにはやりがいや達成感といった心の報酬だけでなく、講師料や出演料も十分に受け取ってほしい、と佐竹さん。
そこで、行政機関や、企業の福利厚生としてオカンバレエ団のイベント「おかんの寺子屋」開催権を購入してもらい、お母さん達を招待する構想がある。また、今回の「トヨノノ応援会」への参加を機に、ふるさと納税を活用したクラウドファンディングにも挑戦する。新たな試みに、より多くのお母さんと縁が繋がることができればと、期待が膨らむ。
ユーモラスに、ひたむきに。バレエに向き合い続ける。
佐竹さんが、大阪人の思い浮かべるお母さん『オカン』に扮するのが、「みんなのバレエ体操」の恒例だ。これは、生粋の大阪人らしい笑いを届けたいという思いと、気軽に見に来てほしい、バレエに親しみを持ってほしいという願いも込められている。だが、その演技は常に真剣そのもの、パフォーマンスのクオリティは非常に高い。
磨き抜かれた現役プロのパフォーマンスの美しさには敵わないが、「生き方そのものをバレエで表現し、思いを伝える力は誰にも負けない」と佐竹さんは言う。実際に多くのお母さん達の心に届き、行動まで変えてきたのだから間違いない。子どもの頃から人生をともにしてきたバレエと佐竹さんの物語は、ここ豊能町からパリ・オペラ座にまた一歩、近付いたはずだ。
佐竹敦子(さたけ・あつこ)
9歳よりバレエを始める。保育士を経てバレエ団に所属し、バレエダンサーを志すも、多くの才能の中で挫折を経験。結婚・出産を機に退団し、育児に没頭するが、夢に再び向き合う。『おかんが光れば、みな、光る!!』をモットーにオカンバレエ団を結成し、日々多くのお母さん達に想いを届けている。豊能町在住。3女1男の母。
◆ このプロジェクトの連絡先
オカンバレエ団 佐竹 敦子さん
Tel: 090-1707-9298
Mail: okanballet@gmail.com
◆ SUPPORT – 応援おねがいします
- 「おかんの寺子屋」開催希望の企業・自治体様
取材日・2021/02/08
文・東好美
写真提供・オカンバレエ団
撮影・東好美