「70歳までの絵は取るに足らない」と高みを目指し続けた葛飾北斎。代表作となる『冨嶽三十六景』を72歳で発表、75歳で傑作として完成させた。晩年まで成長を諦めず、絵を描き続けた天才──。
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豊能町の大きな問題とされている人口減少・高齢化。視点さえ変えれば、その輪郭は変わりつつあるんじゃないか……?人生の収穫期を迎える、この町の年長者たちと知り合えば知り合うほど、この仮説は真実味を帯びてくる。
先駆けて高齢化、つまり『人生100年時代』を迎える層が厚い豊能町。日本全国のロールモデルとなる可能性を秘めた人々や事例をひとつひとつ紹介してゆく《人生100年時代を謳歌するひと》シリーズ。
初回は、もっとも身近な存在である私の母の話をさせてほしい。日本が誇る北斎と比較するには、身内びいきも甚だしい。だが、古希を迎えた母の学びを止めずに成長し続ける様子を目の前で見てきた者として「北斎にも通じる姿である」と思わざるを得ないのだ。
2020 WINTER
豊能町に住む私の母は、自宅の庭を何年もかけて『理想の庭』として作り上げたり、自宅近くの裏山を「お母さんの『秘密の花園』やねん」と嬉しそうに語り、季節折々の散策を楽しんでいる。ひとことで表すと「草花を愛す女性」。そんな母が、数年前からドライフラワーアレンジメントにハマり始めた。
対する私は、まったくといって良いほど草花……その中でもひときわ花というものにまったく興味が持てない、いわば「残念側の女性」である。せっせと作品を生み出す母の様子を、初めはただただ傍観者として眺めていた。
誰に宣伝するわけでもなく、実家の玄関を使って作品を飾りはじめた母。家に遊びにきた、知り合いや友人たちが「これ素敵ね〜!」「欲しいわー!」と次々に目を輝かせてくれる。みんなに見て欲しい、喜ばれると嬉しいと母は言うのだった。
強引に作品を飾り出す、ひつじのみみ「ゲリラ期」
いつからだっただろうか。私たち夫婦が経営する店へ、突然やってきては「みんなに見て欲しいだけなのよ」とゲリラ的に作品を飾りはじめた母。
……ふ、Why?昔から変わらない母ならではの強引さに私は内心ムッとしていた(笑)。
だが店に買い物に来てくれた10代の女子大生、おしゃれなインテリアが大好きな30代のママなど、若年層にも評判がよいではないか。ふむ、女性は年齢問わず「花が好き」というのは本当らしい。
手作り作家として活躍中のスタッフSちゃんが言った。「これ絶対売れますよ!わたしもお手伝いするので、一緒に出店してみませんか?」
母はこの言葉がどれだけ嬉しかっただろう。今まで以上に、活気とやる気に満ちあふれていた。より良い作品と時流をつかむためにInstagramをインストール、自分好みの作家さんを自力で見つけ出し、ハッシュタグを追いはじめた。「デザインのストックにはPinterestというアプリがいいよ」とおすすめした次の日には、「これ、ええわぁ〜」と使いこなしていた。
インターネットを駆使し、世界中のいたるところに『自分の師』を見つけた母は水を得た魚のよう。手に入りにくい貴重な花を使いたい場合は、隣町の花屋に取り寄せをお願いし、庭の花はもちろんのこと、里山のめぐみ──いわゆる雑草をも主役に、作品へと昇華させてゆく。
ハイペースで新作が完成し、みるみるうちに玄関がドライフラワーで埋め尽くされていった。家のリビングへと続く廊下は、素材となる生花が大量に吊るされており、逆さまの花々のトンネルをくぐりぬけていくロマンティックな仕様に。幼少期から見慣れていたはずの実家は、いつの間にか花があふれる『夢のようなアトリエ』として進化していったのだった。
花に興味がなかった私でも「あ、かっこいい」と素直に思える作品はこの頃から登場する。私個人のSNSでこっそりテストマーケティングしてみたところ、女性はもちろん、意外と男性にも反響があり興味深かった。写真だけをみて、ぜひ売って欲しいという声もたくさん挙がってきた。
ちょうどこの頃、花とは別の理由ですこし元気をなくしていた母。(私が圧倒され、時に呆れてしまうほどの)バイタリティと明るさを持つ母を応援したくて、私は母のブランドロゴ作りを買って出たのだった。
だが、不運なことにスタッフSちゃんとともに計画していたマルシェ出店の数々は、コロナの情勢を理由に中止・延期が続いていた。
「ひつじのみみ」デビュー展示が決定!
そんな母に一筋の光が差し込む。豊能町光風台にある「ギャラリー × 喫茶 トネリコ」さんが、町の作家達がみんな同じように発表と活躍の場を失っている現状を嘆き、町の恩返しにと立ち上がったのだそう。
まだ未発表だった母の展示にも、二つ返事で快諾いただいたのだとか。いろいろな人に支えられ、応援され、グループ展の一区画として「ひつじのみみ」初展示が決定したのだった。
「ひつじのみみ」展
2021年7月31日(土)まで※入場無料
10:00〜17:00(最終日は16:00まで)ギャラリー × 喫茶 トネリコ
豊能町光風台2-19-5
072-738-5131
「ギャラリー × 喫茶 トネリコ」さんは、気軽にアートに触れることができる貴重な空間。ワンコインでご主人の自家焙煎コーヒーや紅茶をお菓子付きで楽しむこともできる。シティリビング(2017年2月号)に掲載されたことも→LINK
「ひつじのみみ」展示作品は販売もしている(一部非売品あり)。500円から手に入るミニスワッグ、1500円のスワッグが人気なのだとか。母曰く「買わなくてもいい。ただ見に行ってくれたらそれだけで嬉しい」とのこと。
スワッグ(S)500円 スワッグ(M)1500円 ひとつひとつ表情がちがうスワッグコーナーが人気とのこと